TEDx後編

前編はこちらから

https://jikokouteikan.hateblo.jp/entry/2019/12/02/114628

 

 

瀟湘神

人は怖がる必要のないものを、その見た目や、自らの想像によって

必要以上に怖がる。

どうやって、妖怪と共存するか?

「乖乖是真的」、ここまで乖乖信教を広めたのは、誰だ?

誰が、このお菓子を機械のそばに置かないと、恐ろしいことが起きると言う

噂を流したんだ?

この人の、聞き取れないほどの早口とリズム感のある話し方、髪型、体型などが、あの人にそっくりで、笑ってしまった。

乖乖が私たちの生活に、浸透しているように、妖怪も、私たちの生活にいるんですよ。

(妖怪也毫不衝突地在生活裡。)

と言うのがこの人の主張。

驚いたな。妖怪を研究している人とは知っていたが、そう言う風に社会を捉えるなんてユニークだ。

ユニークすぎる。見聞工作室というところで、妖怪の研究をしているらしい。

聞いている限り、研究職って楽しそうだなあと思った。

その人が楽しんでやっているからそれが伝わってきたんだろう。

でもちょうどその時、自分の能力を使って他人と仕事するのに随分うんざりしていたから、

自分の好きなことについて、調べるのって、他人からあれこれ修正しろとか言われないし、

自分のセンスを踏みにじられてカチンときたり、

怒らないようにしながら説得しなくちゃいけないことが少なさそうで、

それだけでもう、「羨慕」っていう二文字が浮かんだ。

この人が、社會與鬼的關係について説明する、と宣言した時、

それだけでもう、その人の書いた本が読んでみたいと思った。

その人が言うに、怪談話があるけれど、

社会というのは、そういう怖いものを使って、人々をコントロールしてきたんだ

と言っていた。これを聞くと、以前MOCAでみた、お化けに関する展覧会でも、

同じようなことを読んだ気がするなあと思った。

娶神主牌の話を聞いて、ああこれ前他の台湾人からも教えられたなあと思って、

なるほど、有名なんだなあと思うと同時に、話について行けて嬉しかった。

その中で、その人は、「みんな魂が怖いというけれど、

魂は合理的なんだよ」と主張していた。

肝心な、なぜ合理的なのかという部分は、早口すぎて聞き取れなかった。

嬰靈の例は、お化けを脅迫の手段に使っていたいい例だ。

男尊女卑の風潮がまだ根強かった頃、女性は子供の製造機にすぎなかった。

そんな時代があったのか。

そんな時に、誰かがこの噂を流し、堕胎をしようとする女性への威脅手段

として霊という概念を使った。

不符合社會の人を殺す口実に使われた例もある。

honiというものだ。泰雅族の間で起こったことだという。

驚いた。台湾の原住民を、それも泰雅族を見たことがあるが、

そんな日本の村八分より厳しい仕打ちを受けさせる風習があったなんて。

沒有證明書或什麼的,他們用猜的。

それで一家皆殺しされちゃたまらんねえと思った。

逃げる子供を思い浮かべたら胸のあたりが冷たく感じた。

魔女狩りみたいだな。現代には媚びるいじめもこういう感じだ。

どういう人が狙われると思う?と聞いたときに、

誰かが、邊緣人って自嘲気味に言った。

私は、社会の規律を乱しそうな人、だと思った。

その人は、まあ社会の普通に当てはまらない人だね、と言った。

「無關文明,而是人性」。

意即不但視。

私たちは、よくわからないものを、怖がって、除外しないほうがいい

私は、コミュニケーションを断ち、離れて言ってしまう習性がある。

それは、私がみんなにとって不可思議な、まるで妖怪のように怖いものになってしまう恐れがある。

妖怪も妖怪で、自分をはっきり見せるべきなのだ。

 

多多

さてお待ちかねの多多である。

みなさん、自分の学科は自分の興味と一致してると思う?って質問から始まり、

今手を挙げた人は帰っていいよおーっ言った。私は手を挙げたけど、以外とあんまり挙げている人がいなくて、

ちょっと胸がざわついてしまったのは確かである。

その人が、

じゃあ、興味あることを飯の種にすることはできると思う?って聞いて、

私は、この流れで行くと、こりゃできないわけがないでしょうよと思った。

そしたらできない(不能)という二文字が写って、戸惑った。

やっぱり無理だったよって話がしたかったのか?この人は

と思った時、その人が口を開いた。

「できない、と言ったのは、僕の父母でーす」

全く、若い人はやっぱり引き込むのがうまいぜ

そして、大環境助攻って何ですかそれ。

まあいいや。とりあえずその人は、

どうしてそれがいいことなのか教えてくれた。

有興趣的事情,越做越有對勁

有興趣的事情的話,雖然挫折也不覺得怎樣。不會像在不喜歡的領域挫折的時候那樣無限噴出負面情緒。

在這個領域變佼佼者

就很爽

うん。単純な人だ。

次に、どうしてこれができたのかという話に移る。

AVを例にして。笑

そんで、深くなりそうになる前に、やめる。そうすると察してみんなが笑う。

そういうところが会場全体の笑いとかリラックスした雰囲気を作るんだよなあ。

ま結論としては、マニアな人が、みんなの知りたい情報(大家想理解的事情)と

自分が紹介できる知識(自己可以分享的事情)のちょうど重なる部分を使って、自分の

ブランドを作ることで、多多みたいな人が生まれるわけです。

自媒體ってインフルエンサーみたいなもんかな。自分に仕事がついてくるみたいな。

今これがすごく紅だって言ってたけど台湾でもそうなんやな。

しきりに、聯盟行銷は、はじめやすいし、楽してお金が手に入るよって話をしていた。だんだん金融とかカブみたいな話になってきたぞ

そしてブログのいいところは、みんなから忘れられないってこと。なぜなら軸は同じでありつつ、内容は常に変わるから。

一発屋とかは、その一発ネタが忘れられるとともにその人のことも忘れられてしまう。コンテンツと一緒に人まで忘れられてゆくのだ。

だから人なのにオワコン(終わったコンテンツ)って言われる。

それに、顔とか見た目は関係ない。みんな同じ土俵の上にいるのだ。

最後に聞いた。

人生の黄金時代、(つまり生産年齢の期間)お金以外に、何が欲しいか

これって、人生のテーマって何?ってことよね。

達成感か?

その人は、哲学者の約翰洛克の言葉を引用してこう言った。

自分の好きなことを見つけられることだよと。

なんて単純で、それでいて難しいことだろう。

 

都市零件派對

何も言わずに離れて行ったこと、それを、もう知らない!って諦めたもの。

どうせ戻りそうにないのだから面倒だからと追いかけたりせず、そのまま本当に消えてしまったもの

そういうものを思い出して聞くと、感じるものがある歌だった。感動みたいな。それは

愛する人に、愛していることを伝えましょうね、という内容の歌だった。